前回の記事の最後に、こんなことを書いていました。
20代の頃にあまり積極的にゲイ活動ができなかったのは、また別の事情があったからなのですが、長くなったので別の機会に書こうと思います。
その事情というのが、今回の記事タイトルにある「漏斗胸」です。と言っても、「漏斗胸って何?」という方が大半だと思いますので、漏斗胸と俺の治療暦について書いてみようと思います。
※医療関係者でもなんでもない、ただの患者が書いているので、医学的な正しさは保証できません。
※この記事は5000文字以上ありますので、お暇なときにご覧ください。
漏斗胸とは
いわゆる「はと胸」の逆で、胸の骨が内側に凹んでいる状態を「漏斗胸」といいます。先天的な病気というか奇形の一種です。
どんな感じなのか実際に見てみたいという方は、以下のリンク先の一番下のあたりに症例の写真が載っていますのでご確認ください。
普通の人が見るとギョッとしてしまうかもしれませんが、グロではないです。
胸郭変形(漏斗胸)外来 - 外来診療|総合母子健康医療センター 東京慈恵会医科大学附属病院
漏斗胸の凹みの大きさや深さは人それぞれですが、軽度のものも含めるとおよそ1000人に一人の割合で存在するらしいので、すごーくレアな奇形というわけでもないようです。
自分の症状について
漏斗胸は基本的には生まれつきの奇形です。ただ、幼児の頃は凹みが浅くても、成長するにしたがって骨が内側に伸びて、凹みが目立つようになることが多いようです。
俺の場合も、小さい頃から胸の中央が普通の人よりも少し凹んでいました。しかし小学生の頃はそこまで目立つほどではなく、プールの授業などで他人に裸を見られても胸の凹みを指摘されたことはなかったので、あまり気にしていませんでした。
自分で胸の凹みが気になり始めたのは中学生の頃です。最初は単に腹が出ているのかとも思いましたが、体育の授業の前に体操服に着替えているとき、友達から「なんかヤシュウ君って、胸がへこんでない?」と言われたのです。
そのときはサラッと言われただけなので、精神的に傷ついたりはしませんでした。ただ、「たしかにちょっと凹んでるよな…」と少し気になったのを覚えています。
中学・高校はたまたまプールのない学校に進学していたので、自分の裸を他人にじろじろ見られたり、逆に自分が他人の裸をじっくりと見る機会もほとんどありません。
当時は漏斗胸に関する情報など全く知りませんでしたが、とにかく普通の人とはちょっと違うみたいだ、ということで、なるべく他人に裸を見られないように素早く着替えるようになりました。
また当時は漏斗胸のせいだということに気づいていませんでしたが、中学生の頃から、見た目以外にも問題がでてきました。
体育の授業で持久走(1500メートル走)をすることがあったのですが、明らかに周りの生徒のペースについていけなかったのです。
1000メートルも走ると心臓が異常にドキドキして胸が苦しくなってしまい、ペースがガタ落ちになってしまいます。小学生の頃は長距離走では真ん中くらいの順位だったのに……。
俺はあまり運動をしない子供でしたが、同じような生徒は他にいくらでもいます。しかし持久走では常に最下位争いをするような状態でした。
最下位集団のメンバーのうち、自分以外はいわゆる肥満児ばかりだったので、「僕はさほど太っていないのに、何でこんなに持久走が苦手なんだろう」と不思議に思っていました。
また、1~2ヶ月に一回くらいの頻度で、なんとなく心臓の辺りが痛むというか、胸が少し苦しくなってしまうことがありました。
我慢できないような痛みではなく、うっすら痛む、という感じでしたし、30分ほど横になればおさまっていたので、胸痛が原因で病院にかかることはありませんでした。
今思えばお医者さんに相談したほうがよかったんでしょうね。
大学に進学してから初めてネットを見るようになり、ある時なんとなく「胸 へこみ」みたいなキーワードで検索したところ、漏斗胸という病名にたどり着きました。
そのとき初めて、漏斗胸が原因で「長い時間運動ができない・胸痛・息切れ」といった症状が出るケースがあるということを知り、
「自分が時々胸痛を感じたり、持久走が異常に苦手なのは漏斗胸のせいだったのか」と、ある意味安心というか、納得しました。
そして漏斗胸についてネットでいろいろ調べて、以下のようなことが判明。
・基本的には外科手術でないと治療できない
・手術は骨の柔らかい子供(小学校中学年~中学生)のうちにやるのがベスト
・大人は骨が硬くなっているので、手術してもあまり改善されないケースがある
・骨を矯正するので、特に大人の場合は手術後の痛みが激しい
・大人に対して漏斗胸の手術をおこなうのはかなり大変で、手術実績が豊富な病院は日本全体で10箇所もない
大人になってからもたびたび胸痛を感じることはありましたし、見た目が悪いのでコンプレックスになっていました。
しかし大人の漏斗胸手術はハードルが高いということが分かったので、なかなか手術を受けようという気にはなれません。
そして大学生の頃には自分がゲイであるということを自覚していましたが、漏斗胸に対するコンプレックスから、他人と性的な関係をもつことなど考えられませんでした。
ハッテン場のような、他人と裸のお付き合いをする場所へ行くことなどもってのほかです。
そんなわけで、他人との裸の付き合いを避けて生きてきたヤシュウ青年でしたが、「このままコンプレックスを抱えて生きていくのはイヤだ」と、20代後半の頃にようやく漏斗胸手術を受ける決心をします。
漏斗胸手術の種類と病院選び
漏斗胸を治療する方法は、基本的には外科手術です。
現在の漏斗胸手術でメジャーな方法には、「Nuss法」と「胸肋挙上術」の2種類があります。
「Nuss法」は、チタン製のバーを胸骨の内側に挿入し、バーで胸骨を前に持ち上げた状態で固定することによって矯正する治療法です。
「胸肋挙上術」は、胸骨につながる肋骨の一部を切り詰めたりして胸の形を整える治療法です。
どちらにもメリット・デメリットがありますが、Nuss法のほうが採用している病院が多いということもあり、俺はNuss法での手術をおこなっている東京○察病院の形成外科を受診しました。
東京○察病院を選んだのは、成人に対するNuss法の手術実績が豊富な病院の中で、当時の自宅から一番通いやすい立地にあったからです。
Nuss法の場合、
・1回目の手術でチタンバーを体内に挿入し、胸骨を持ち上げる
・チタンバーを入れた状態で2~3年過ごし、骨にクセがつくのを待つ
・その間は定期的に通院して、レントゲン等でバーの位置ずれが起こっていないか検査する
・2回目の手術でチタンバーを抜く
というプロセスをたどるので、病院とは長い付き合いになります。
俺の場合は当時サラリーマンだったということもあり、自宅から通いやすいのは大きなメリットでした。
漏斗胸手術後の経過
Nuss法のバー挿入手術を受けた後の経過について、思い出しながら記載します。
手術直後
手術時の全身麻酔から目覚めると、まだ麻酔が効いているのか、寝ていれば痛みはさほど感じない。しかし体を少しでも動かすと痛みがある。
口には酸素マスク、アソコには尿道カテーテルがつながっているので、ほとんど身動きはできない。
背中には硬膜外麻酔の管が刺さっていて、麻酔液が常に少しずつ注入されている状態。
手術翌日
寝ていても非常に強い痛みを感じる。ベッドのリクライニング機能で、上半身を15度ほど上げると多少ラクになる。
手元に硬膜外麻酔のポンプがあり、押すと麻酔液の注入量を増やせるが、気休め程度の効果しかない。
ツバを飲み込む動作をするだけでも傷口が痛むので、なるべくツバをゴクンと飲み込まないようにする。
夜に担当医師が病室に来て、「私の肩につかまって、少し歩いてみましょうか」と提案される。
こんな状態で歩けるのだろうかと思いつつ、医師の肩につかまりながら20メートルほど先のロビーまで、ヨロヨロと10分くらいかけて歩いた。
何とかロビーにたどり着いて椅子に座ると、立ちくらみのときのように、目の前が真っ暗になったので、病室への帰り道は車椅子。
胸の痛みがひどくてとても眠れないので、痛み止めの座薬を入れて就寝。
1週間後
水平に寝ると痛みが強いが、ベッドの上半身側を上げて寝ていればだいぶラクな状態。とはいえ、まだ寝ている状態から自力で起き上がることができないので、ベッドのリクライニングが必須。
上半身さえ起こせば自力で歩けるようになり、尿道カテーテルも外した。
3週間後
だいぶ普通に歩けるようになり、退院。
家のベッドにはリクライニング機能などないが、あいかわらず水平に寝ると痛みがあるので、ベッドの上に羽毛布団を丸めたものを置き、その上に上半身側を乗せて寝るようにする。
まだ普通に腹筋を使って上半身を起こすことができないので、寝ていた状態から起き上がるときは、ベッドから床にずり落ちて尻もちをつくようにする。
1ヵ月後以降
1ヵ月後に職場に復帰。体力は低下していると思われるが、デスクワークなのであまり問題なし。
2~3ヵ月後くらいには水平に寝ても痛みを感じなくなり、自力で起き上がることも可能に。
1年後くらいには 横向きに寝ても痛くなくなった。
2回目の手術(バーの抜き取り)
バーを入れた3年後くらいに、バーを抜く手術を実施。
バーを抜いたら胸骨が元に戻るかもしれない、という心配があったが、抜く前後で胸の形に変化は全くなし。
手術の2週間後に退院。バーを入れた時と比べると、術後の経過は非常にラクだった。
手術前後の変化
手術前の胸の写真をとっておけば良かったのですが、残念ながら無いので、「こう変わりました!」みたいな画像をお見せすることはできません。
ただ、手術前は胸の中央、両乳首の中間のやや下あたりが一番凹んでいて、手の親指を胸に突き立てると、親指が胸の中に根元まですっぽり入ってしまうくらいでした。
上の画像は現在(手術後)の状態です。分かりづらいですが、胸の中央に親指を突きたてて、真上から撮っています。
胸の先端が赤いラインで、親指の第一関節のすぐ下を通っています。
手術前は、同じポーズをとると、胸の先端が親指の根元のあたり(黄色いライン)にきていました。
つまり手術によって、赤いラインと黄色いラインの間隔のぶんだけ胸骨が持ち上げられたわけです。 だいたい3~4センチくらいでしょうか。
率直にいって、もう少し胸骨がもち上がると良かったんだけどな、という思いはあります。担当医の話によると、バーを入れた直後はもう少し上がっていたけど、バーが骨の硬さによって少し押し戻されたようです。
でも「胸が凹んでいるね」と他人から指摘されるほどの目立つ凹みはなくなったので、手術したこと自体は良かったと思います。
大胸筋の右下・左下に手術跡が残ってしまいますが、凹みがあるよりはマシですし。
今日は胸と腕の筋トレをしたので、雄っぱいが大きく見える自撮りの角度を研究してみました。微妙😅 あと肩ちっちゃいな pic.twitter.com/aToKigRs0V
— ヤシュウ (@yashoe_kakugay) 2017年8月2日
↑この画像は今年の画像ですが、影でごまかしてもよく見ると手術跡が分かっちゃいますね。
漏斗胸手術をして得たもの
漏斗胸の手術をして、現在では胸の形に関するコンプレックスはほぼなくなりました。
大人になるとあまり長距離を走る機会はないので、長時間の運動ができるようになったかはよくわかりませんが、スポーツジムのスタジオプログラムで周りのペースについていくことはできますし、ふいに胸が痛くなることもなくなりました。
そして何度か性的な関係をもつこともできました。まあ恋人ができたわけではないので、まだ目標にはほど遠いですが。
この記事は、成人の漏斗胸手術をオススメする意図で書いているわけではありません。自分は手術をして良かったと思っていますが、術後の大変さと、手術のリスクを考えると、安易に他人に勧められるものではありませんし。
大人になってから漏斗胸の手術をするのは本当に大変です。成長が終わって骨が硬くなっているので、手術後は確実に激痛が待っています。(子どもでもかなり痛いみたいですが)
しかも、手術してもほとんど改善しなかった、というケースもネット上では報告されています。
漏斗胸は体の成長に伴って凹みも進行するケースが多いようなので、最終的にどこまで目立つ凹みになるかを子どもの頃に判断するのは難しそうですが、手術するなら子どものうちがいいと思います。
自分の子どもの胸がちょっと凹んでいるな、と思ったらとりあえずお医者さんに相談してみてほしいです。
(このブログの読者の中に子持ちの方はほとんどいないでしょうから、無意味なアドバイスかもしれませんが…)
俺は手術するのがかなり遅かったので、漏斗胸で失った青春をこれから取り返せるかは分かりませんが……後悔しないように、やりたいことをやって生きていきたいと思います。